「亡くなった親は財産なんてほとんどなかった。あるのは借金ばかり。」「何十年も交流してなかったのでどんな生活を送っていたのか分からない。財産はいらないから相続に関わりたくない。」「プラスの財産があればほしいけど、借金だったらいらないよ。」

いろんな事情で、あまり相続に関わりたくない、そんな場面も当然にあります。

そんなときどうすればいいのか、わかりやすく解説します。

 

相続をしたくないとき

3か月が勝負

相続をしたくないとき、「私は何もいらないから、特に何もしない」という対応をとる方がいらっしゃいます。でも、この対応だと、単純承認で相続することになってしまいます。

あとで述べる「相続放棄」「限定承認」をするかどうかの一応の期限は、自分のために相続があったことを知ったときから(つまり、自分が相続人であることを知った日から)「3か月」です。

この3か月の期間を、相続放棄をするかどうかを考える期間として「熟慮期間」といっています(考慮期間とも言います。)。

まずは、この期間内にどんな財産(プラスもマイナスも)があるのかを可能な限り調査しましょう。

単純承認

何もしなければ単純承認

単純承認とは、被相続人の権利義務を無制限・無条件に承継することを承認することをいいます。

つまり、被相続人がもっていた遺産をプラスだろうがマイナスだろうがすべてを引き継ぐことになります。

あきらかにマイナスがない、またはプラスよりも少ないという場合は、相続放棄や限定承認などせず、そのまま単純承認してかまいません。

相続財産を処分したら単純承認

気をつけなければいけないのは、知らずに遺産の一部または全部に手を付けてしまった場合には、その時点で単純承認になってしまいます。

それが3か月以内であってもその後に相続放棄などはできなくなってしまいます。

くれぐれも気をつけましょう。

 

相続放棄

熟慮期間内に相続放棄の申述を

遺産は明らかに借金のほうが多い、自分は何があろうと相続には関わらない、そういう方は家庭裁判所に相続放棄の申述をする必要があります。

(裁判所の書式)裁判所|相続の放棄の申述書(20歳以上)

ここに必要な事項を記入し、自分が相続人であることを証明する資料(被相続人の戸籍謄本、自分の戸籍謄本など)【その他必要書類はここを参照して下さい】を添付して、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出して下さい。

同じ順位の相続人が全員放棄すると、他の相続人に影響が出る

法定相続人の説明をしたときに、子を「第1順位」、直系尊属を「第2順位」、兄弟姉妹を「第3順位」という呼び方をしたことを覚えていますか。

この「順位」の意味は相続放棄の場面で活きてくるのです。

同じ順位の一部の相続人が放棄すると、他の人で分ける

相続放棄をすると、最初からその人は相続人でなかったことになります。

例えば、被相続人から見て、相続人が子(第1順位相続人)3人だけだった場合、法定相続分はそれぞれ3分の1ですが、1人放棄をすると、残った2人が2分の1ずつになります。

2人放棄をしたら、残った1人が100%相続することになります。

遺産が借金であれば、もともと3分の1で済んだのが、100%支払わされることになってしまうのです。

同じ順位の相続人が全員放棄をすると、次の順位に移る

同じ順位の相続人が全員放棄すると、次の順位の相続人に相続権が移ります。

つまり、先の例では、子3人とも相続放棄をしたら、次は直系尊属に移ります。

(あまり例はないかもしれませんが、父母が相続放棄をした場合、祖父母が生きていれば次の相続人になります。)

直系尊属が全員相続放棄をすれば(または死亡していれば)、第3順位である兄弟姉妹に移ります。

第3順位の兄弟姉妹が全員相続放棄をした場合、ここで初めて相続人が存在しないことになります(相続放棄の場合は、その子らに代襲相続することはありません。)。

熟慮期間の起算点(「3か月」の計算をスタートする時点)は、先順位の相続人が全員放棄したことを知った日になります。

限定承認

プラスとマイナスの財産のいずれが大きいか分からないときに

一番悩ましいのが、プラスが多いのかマイナスが多いのか分からないというケース。

こういうときには限定承認の申述を検討することになります。

限定承認とは、プラスの財産の限度においてのみ、被相続人の債務及び遺贈を弁済するという留保を付けた相続の方法です。

限定承認のながれ

相続人が複数いる場合、限定承認は共同相続人全員が共同してする必要があります。一部の人が相続放棄をした場合、その人以外の相続人が共同して申述すれば足ります。

家庭裁判所は相続人の中から相続財産管理人が選任し、その管理人は、相続人のために相続財産の管理をし、債務の弁済に必要な行為を行います。

限定承認をしたら5日以内に(共同相続の場合、管理人選任から10日以内に)すべての相続債権者及び受遺者に対して、一定の期間(最低2か月)以内にその請求の申出をすべき公告をします。分かっている債権者には個別に申出の催告をします。

相続債権者に対する弁済をするために相続財産をお金に換える場合、原則として競売をする必要があります。

こうして相続財産をお金に換えた後、抵当権者など優先権を持つ相続債権者、届け出をした一般債権者、届け出をした受遺者の順番に弁済をします。全額を弁済できないときは、配当弁済をすることになります。

どんなときに活用できる?

「限定承認」の定義を聞くと、こんな便利な手続があるのかと思う方がいらっしゃったかもしれません。

しかし、先に述べたように、限定承認の手続は非常に複雑です。手間も費用も労力もかかります。

実は、限定承認が適している場面というのは必ずしも多くありません。相続人が一人で、相続財産はそれなりにあるけれども相続債務が不確定だったり不明だったりでいずれにも転びうるようなケースに使われます。

相続放棄・限定承認の期間延長の申立

限定承認するくらいなら期間延長の申立

単純承認をするか、相続放棄や限定承認をするかを決める3か月の熟慮期間が認められていることは既に説明しました。

しかし、ときにはこの3か月では調査するのに時間が足りないこともあります。そんなときは、家庭裁判所に期間延長の申立(「熟慮期間の伸長」)をすることができます。

しかも、実はこの熟慮期間の伸長の回数は、法律に定めがありませんので、再伸長も可能です。

プラスとマイナスのいずれが大きいのか判断が付かずに限定承認をするのであれば、熟慮期間の伸長をした上で、さらに調査を続け、単純承認か相続放棄の選択をすることをお勧めします。

3か月経った後に債務が見つかったら

諦めずに専門家に相談

相続放棄をしないまま3か月が経過後に、借金などの相続債務が見つかったという場合でも、事情によっては、相続放棄をすることができる場合があります。

最高裁昭和59年4月27日判決によれば、熟慮期間内に相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためで、かつこのように信じるのに相当な理由がある場合、相続財産の一部または全部の存在を認識したとき、または通常であれば認識できたであろう時から3か月のカウントをスタートすると判断しています。

家庭裁判所における相続放棄の申述の受付においても、この基準にしたがった確認がなされ、「ああ、こういう事情なら遺産がないと考えていてもおかしくないね」と認められれば受け付けてくれる扱いになっています。

ただし、相続放棄受理=相続放棄が認められた、ではない

もっとも、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理してくれたとしても、確実に相続放棄が認められたということを意味しません。

債権者から訴訟提起された場合に、その裁判の中で相続放棄が認められるかどうかの判断がされることになります。

ただし、少なくとも相続放棄が受理されていなければ、この裁判の中で相続放棄の主張もできませんので、必ずやっておく必要があります。

いずれにしても、債務が見つかった段階で速やかに専門家に相談しましょう。