一昨年、民法の債権法と呼ばれる分野がおよそ120年ぶりに改正されました。ニュース等で大きく取り上げられたこともあり、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。我が国の民法は、明治時代(明治31年に施行)に成立し、以後小幅な改正は何度かありましたが、これほどまでに抜本的な改正は初めてといえます。

では、今回の改正で交通事故に関係する規定に変化はあるのでしょうか。詳しくみていきたいと思います。

主要な点としては以下の3つが挙げられます。

①遅延損害金の割合に変動制が導入されたこと

②人身損害の場合における消滅時効期間の延長

③物損事故における法定相殺が可能になったこと

 

 ①遅延損害金の割合に変動制が導入されたこと

交通事故の場合、原則として、損害の計算上、事故の発生した日から遅延損害金というものが付されます。この遅延損害金は、改正前まで、交通事故のように当事者間に契約がない場合、損害額に対して年5%の割合と固定して決められていました。
 ところが、市中金利は現在極めて低水準で推移しています。それと比較すると、年5%の割合というのはかなり高い割合です。賠償する側には賠償額が大きくなればなるほど遅延損害金の負担も大きくなってしまいます。この点、「事故を起こしておいて何を言うんだ!」という向きもあるかもしれませんが、交通事故は得てして意図せず起こるもので、いつ・どこで・誰が・どれほどの賠償義務を負う側に立つか分かりませんし、被害者という立場であっても自身に過失があり相手に損害が生じていれば、その分の賠償義務が生じる可能性はあります。
 それゆえ、公平を図るべく、市中金利の推移を遅延損害金の割合に反映させることを目的に変動制が導入され、そのスタートにあっては年3%の割合とすることが決まったのです。変動制といっても、その決め方は改正後民法404条に基づいて法務省令で告示される基準割合をベースにして3年を1期とし、1期ごとの変動になります。[1]

 ②人身損害の場合における消滅時効期間の延長

不法行為には(も)、「消滅時効」があります。この「消滅時効」というのは、その規定によって定められた期間を過ぎると、相手に対して請求する権利を有していても、その権利に基づく請求ができなくなってしまう可能性が生じることを意味します。そして、これは改正前にあっては、「被害者…が損害及び加害者を知った時から3年」又は「不法行為の時から20年」とされていました。(ただし、後者は除斥期間という時効とは異なる性質のものと解されていました。改正前民法724条)
 ところが、人身事故の場合のように、生命・身体という極めて重要な利益が害されてしまったとき、事故後すぐに怪我や障害が判明するケースばかりではなく、時間が経過してからそれらが判明するケースもあります。そのような事情もある中で損害賠償請求権が「3年」で時効にかかってしまうのは、被害者救済の見地からすると不公平といえるでしょう。それゆえ、時効期間の特則が設けられました。
 具体的には、生命身体を害する不法行為の場合、「被害者…が損害及び加害者を知った時から5年」又は「不法行為の時から20年」となり、一部延長されることとなりました(改正後民法724条,同法724条の2)。

 ③物損事故における法定相殺が可能になったこと

交通事故が発生し、当事者双方に物件損害が生じた場合(例えば、車同士の交通事故が発生し、双方の車両に損害が生じた場合など)、訴えられた側(被告側)は、自身の損害に関する損害賠償請求権を持ち出して相殺することはできませんでした(改正前民法509条)。これは、被害者に現実の救済を与えるべき(「薬代は現金で」などと言われることもあります。)という考え方によるものです。また、この相殺を認めると不法行為を誘発する、つまり、相殺で処理するためにわざと同一の相手に対して事故を生じさせるという危険も指摘されていました。
 しかし、同じ事故の賠償であれば、お互いにお金を払い合うより、相殺(差し引き)して差額を精算したほうが合理的です。相殺による簡明な処理ということへの期待や同一事故から発生した当事者双方の損害については不法行為の誘発ということはおよそ考えられません。こういったことを踏まえ、今般の改正では、物損事故に限って原則として法定相殺を認めることにしたのです。
 これにより、今後、物損事故で被告側が自身の損害について請求をしようとする場合、訴訟において相殺の主張をすることで請求額と相殺に供する請求権との対当額で支払いを免れることができることとなるでしょう。

ちなみに、注意が必要なのは、以上の相殺については法定相殺といわれるもので、訴訟上の法的主張の枠組みに乗せた場合の話であり、訴訟上の和解や交渉段階での示談の場合において、当事者が支払いについて相殺払い(つまり双方の損害額を差引き計算をし、それにより算出された額を賠償する場合)で合意するときには、当てはまりません。実際に、交渉や訴訟上の和解の場面においては、当事者間の合意によって差引き計算をした上でその額を賠償するという解決方法がとられることは行われています。

 

以上、「120年ぶりに改正」などとニュース等で大きく取り上げられた民法改正が交通事故案件に及ぼす影響をみてきました。必ずしも分かりやすい話ばかりではないと思いますので、ご自身の交通事故でご不安等ありましたら一度弁護士に相談することをおすすめいたします。

[1] 詳細については、同条3項以下参照。