弁護士の柴田です。
私は、スポーツ法務分野に注力しております(経歴はこちら)。
スポーツ法務って何?とよく聞かれますが、スポーツ分野における法律問題を扱う分野です。
じゃあ、具体的に何をやるの?という次の声が聞こえてきそうですが、いろいろあります。
例えば、スポーツ団体のガバナンスの問題、スポーツ現場でのハラスメントの問題、スポーツ仲裁案件、プロスポーツの代理人やプロスポーツビジネスなど幅も深さも多種多様な分野です。
そんな中でスポーツを楽しむ皆さんと距離の近い問題を一つ取り上げたいと思います。
それが「スポーツ事故」です。
スポーツ事故とは
スポーツ事故とは、特に厳密な定義があるわけではありませんが、概ねスポーツ活動中に起きた事故を指します。
なお、スポーツ基本法では、その14条で「スポーツ事故その他スポーツによって生じる外傷、障害等」の防止等についての国又は地方公共団体の努力義務が定められており、スポーツ中の事故は決して珍しいものではありません。
スポーツ中の事故により、不幸にも命が失われてしまう事案から物が壊れたといった事案まで軽重様々です。
1.スポーツ事故の特徴
スポーツ事故により損害を被った人は、損害を加えた側に対して、損害賠償を求めることができる場合があります。
そして、その賠償を求める相手としては、事故の態様によって、直接的な相手方であったり、監督者であったり(例:大阪地裁平成27年4月17日判決(生徒が熱中症による重篤な後遺障害を負った事案で監督者に水分補給を指示する義務があったのにこれを怠ったと認定された事案))、大会主催者(例:最高裁判決平成18年3月13日、差戻控訴審高松高裁判決平成20年9月17日(大会運営中の落雷事故によりその参加者の一人が重度の後遺障害を負った事案))であったりします。
もっとも、こういったスポーツ事故の難しさとして、いくつか指摘できる点があります。
1−1 事故の発生や事故態様の立証の難しさ
例えば交通事故の場合、事故の発生があると、道交法上の報告義務に従って警察へ通報(事故の報告)します。その後、通報を受けた警察官が臨場し、人損事故のときには実況見分などが行われますし、物損事故のときには物件事故報告書の作成が行われます。
また、いずれのケースでも交通事故証明書が作成され、”交通事故の発生そのもの”は適切に捕捉可能なことがほとんどといえます。
また、その後当事者間で争いが生じる可能性があるにせよ、ある程度の”事故の態様”も事後的に立証できる場合が多いでしょう。
しかし、スポーツ事故においては、事故の発生やどのような状況で事故が起きたかなどについて記録等が残らない=後に紛争化した際に立証が難しいケースが多い点が指摘できます。
試合をビデオ撮影していることは多いと思いますが、日々の練習の場合にはそこまでではないことは想像に難くないでしょう。
監督の不適切指導により練習中の選手に熱中症を生じさせてしまったような事案を想起してもらえると、その立証の難しさをイメージしていただけると思います。
そのため、事故の前後の状況、周囲の目撃者の供述、生じた結果からの推論等さまざまな状況や間接的な証拠から事故の発生や事故の態様などを立証していくことは少なくありません。
1−2 人身損害の場合、労災保険や自賠責保険のような損害を填補する公的な制度がないこと
労災保険であれば企業が、自賠責保険であれば車の所有者が、それぞれ保険料を負担し、広く損害を分担する仕組みが形成されており、例えば事故で負ってしまったけがに後遺障害が認められれば、保険制度上認められている損害の補填(後遺障害逸失利益など)が、被災者や事故被害者に支払われます。
他方、スポーツや学校体育場面での主なものとして、スポーツ安全保険、公認スポーツ指導者総合保険及び日本スポーツ振興センターの災害共済給付制度が挙げられますが、より広く、スポーツ事故一般に目を移したとき、このような公的な制度はありません。
そのため、スポーツ中の事故で不幸にも重い後遺障害が残存しまったようなケースでは、後遺障害等級を認定してもらいそれに応じた補償を受ける救済制度はありません。
スポーツは、どうしてもその活動自体にけがなどを生じさせる危険性をはらんでいます。
それによって生じた損害(生じさせてしまった損害)をどう填補するかは、大きな課題といえるでしょう。
この点につき、先般あったスポーツ法基本法の改正に当たり、スポーツ法学会は事故の補償についての提言を行っていましたが、改正で盛り込まれることはありませんでした。
(※スポーツ法学会の提言:https://jsla.gr.jp/archives/1908)
※法改正前に私が執筆した”スポーツ事故の実効的な被害救済、補償”に関するコラムは”こちら”
2.気をつけておきたいポイント
2−1 記録などをこまめにつけておくこと
スポーツ事故は、上記のとおり、事故の発生やその態様について立証に困難さを伴うことが多いといえます。
そこで、動画や写真撮影、何があったかを記したメモ、チーム間での連絡等を記したメッセージアプリの履歴など「誰が、いつ、誰に対して、何を、何のために、どうしたのか」といった観点から記録を残すよう普段から努めることが、万が一の際に役立つ場合があります。
最近では、スマホですぐ撮影もできますし、試合や練習、個々の動作などを撮影してパフォーマンス向上のために利用することもよく行われている方法といえます。
そういったものの一環としつつ、現場の保全といった趣旨で記録を残す意識を持つと良いでしょう。
けがをしたら診断書の取得も大切ですが、まずはけがをした直後の状況、様子を記録しておく、物が壊れたら壊れた状況、様子を記録しておくなど万が一があった際の初動も重要です。
2−2 スポーツ保険などの加入の有無、利用の可否等を事前に調べておくこと
損害を填補する公的な制度はありませんが、保険に入っていることで一定程度損害の填補を受けられる場合があります。
スポーツ保険については、団体で加入するものや個人で加入できるものなど様々な商品がありますので、万が一に備え、積極的に加入を検討すべきです。保険料も比較的安価なものが多いと思います。
また、スポーツ事故の当事者となるのは、必ずしもご自身がけがをしたといった場合に限りません。
自らの不注意によって、相手にけがを負わせてしまった、物を壊してしまったなどご自身が損害賠償義務を負うケースも考えられます。
そういった場合にも、スポーツ保険でカバーできる場合が多く、有用です。
その上で、ご自身の加入しているスポーツ保険においては、何がカバーされ何がカバーされないのかなどまずは大枠で理解しておくとが重要です。
※スポーツ保険の有用性については、公益財団法人日本スポーツ協会発行の機関誌「SportJapan」(2022年5-6号)でも執筆をしております。
3.おわりに
以上、スポーツ事故について概略を述べてきました。
しかし、これで全てではありません。
スポーツ事故では、事故態様ももちろん、他の事故事案と同様損害論も重要になります。また、過失相殺という論点も無視することはできないからです。
さらに、その前の入口の段階では、スポーツ事故に限らず、スポーツに関する法的問題について、そもそもどこに、何を相談すべきかといった点も判然としないことも多いでしょう。
そういったことでお困りの際には、是非お気軽にご相談ください(問合せはこちら)。
※本文中に引用したものも含め、柴田が関与した執筆や活動履歴などの詳細はこちら。
(弁護士 柴田 剛)




