車を運転する人にとっては他人事とは思えない事件で、逮捕者が出たとの報道がありました。

 神奈川県大井町の東名高速で6月、ワゴン車が大型トラックに追突され夫婦が死亡し、娘2人がけがをした事故で、県警は10日、一家のワゴン車の進路をふさいで停止させ、追突事故を引き起こしたなどとして、福岡県中間市の建設作業員●容疑者(25)を自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)と暴行の疑いで逮捕し、発表した。調べに対し、●容疑者は容疑を認めているという。

夫婦2人が亡くなった件については、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)での逮捕とのことです。

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律

(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

 

この犯罪が成立するためには、条文上、「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷」させる必要があります。

今回の事件は、報道によると、PAで被害者から注意された被疑者が、

①被害者の車両を追いかけて前に回り、進路を妨害しながら速度を落として、被害者の車両を無理やり停止させ
②被疑者が車から降りて、被害者車両に詰め寄り、被害者を車両から降ろしたところ、
③後続のトラックが追突して、被害者が死亡した(被害者車両にいた子供たちも傷害を負った)。

というもののようです。

過失運転致死傷罪なのか?

上記のような事実関係において、果たして、「自動車の運転上必要な注意を怠り、」それによって「人を死傷させた」と言えるのかという点に疑問があります。

自動車運転における注意義務違反があり、それによって死傷の結果が生じたといえなければいけないのです。

被害者の死亡原因は、後続のトラックに轢かれたことのはずですので、それそのものの責任を被疑者にストレートに負わせるのは無理があります。

それでは、被疑者が、高速道路の追い越し車線に被害車両を停止させたことが注意義務違反なのでしょうか。
おそらく、今回の逮捕容疑は、この点を注意義務違反ととらえているのだと思います。

しかしながら、被疑者は、車両を停止させた後、被害者が追突しているわけでもないですし、その後、自ら車両を降りて被害車両に詰め寄っているわけで、これを「自動車の運転上」の注意義務と言えるか微妙な問題のようにも思えます。

被疑者の(少なくとも)過失によって、死の結果が生じたことはおそらく間違いないとは思いますが、それが「自動車の運転上」のものでなければ、単なる過失致死罪(刑法210条。50万円以下の罰金)かせいぜい重過失致死(刑法211条後段。5年以下の懲役または100万円以下の罰金)が成立するにすぎなくなってしまい、結論とのバランスに納得感がないような気がします。

殺人罪?危険運転致死罪?

ネット上では、未必の故意による殺人罪だ、危険運転致死罪だという意見も散見されます。

殺人罪?

殺人罪が成立するためには、①殺意をもって、②人を殺す行為をして、③それにより人が死亡した、と言える必要があります。

①の殺意については、「死んでもかまわない」という未必の故意でも足ります。

しかしながら、(いろいろな意見があろうかと思いますが)本件において被疑者に未必の故意が認められるかというとやはり微妙でしょう。

この被疑者は、自分から高速道路に降りて、被害車両に詰め寄っているわけです。
高速道路の追い越し車線上ですから、後方から車両が追突してくる可能性は当然予見する必要はありますが、それを「かまわない」と思っていたという認定までは困難と思われるのです。そんなことになれば、被害者の近くにいる自分も死んでしまう可能性があるわけですから。

そうすると、殺人罪の適用はやはり無理があります。

危険運転致死罪?

では危険運転致死罪はどうでしょう。

危険運転致死罪といえるためには次の条文のいずれかに該当しなければなりません。

自動車運転死傷行為処罰法
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
五 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
六 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
第三条 アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。
2 自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。

ありうるとすれば、「四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」でしょう。

たしかに、報道によれば、被害車両が進路変更をするたびにそこに回り込んで、速度を落としながら最終的に被害車両を停止させたとのことです。

その際、被害車両が被疑車両に追突することで被害者が亡くなったのであれば、危険運転致死罪に該当するでしょう。

しかし実態としては、そうした危険運転によって、被害車両は(衝突することなく)停止させられ、その後に無関係のトラックの追突により死亡しているわけです。

危険運転によって人が死亡した、という因果関係を認めるのはやはり困難と言わざるを得ません。

監禁致死罪

同業者の間でFacebook上で議論があり、私が一番腑に落ちたのが、監禁致死罪(刑法221条)です。

監禁罪とは、不法に人を監禁する行為で、それにより人を死傷させたときは、傷害と比較して重い刑に処することになりますので、傷害致死と同様、懲役3年以上の有期懲役(今回は複数亡くなっていますので、最長30年)になります。

監禁とは、「人が一定の区画から出ることを不可能または著しく困難にしてその行動の自由を奪う行為」をいうとされています。

物理的に部屋などに閉じ込める行為だけでなく、原付の荷台や車のボンネットに被害者を乗せて走行する行為や、衣類などを隠して羞恥心を利用して脱出を困難にさせる行為なども含まれます。

今回の被害者にとっては、高速道路上で走って逃げれば車にひかれてしまったり、ましてや自動車の中に自分の子供がいる状況であったりしたため、脱出する(その場から立ち去る)ことが困難な状況であったと考えられます。

そうした監禁行為によって、後続のトラックにひかれて死亡したということであれば、監禁致死罪が成立すると考えられます。

量刑も単なる(重)過失致死罪に比べて極めて重く、(報道を前提にすれば)被疑者の行為の危険性とのバランスも取れている結論だろうと思います。

大変痛ましい事件で、遺族の方のお気持ちを考えるとやりきれない思いがありますが、法律的にも大変関心の高い事件になっています。

【追記 2017/11/01】

2017年10月31日付けで、危険運転致死罪で起訴されたとの報道がありました。

起訴状の記載が分からないので、どのような法律構成かが興味あります。
本件が、「危険な運転」によって死の結果が生じたと評価できるかどうかがポイントでしょう。

本人は報道によると事実関係は概ね認めているようですが、まさに法律の適用の問題ですので、弁護人としては訴訟戦術に悩むところだと思います。

裁判員裁判の対象事件になりますので、どのような判断になるのか、関心を持って見守りたいです。